千石堀城の攻防

 千堀城の本丸の上で西蔵院は戦の様子を眺めていた。敵はいったん引いたあと、こちらの出方をうかがっているようだった。鼻をつく硝煙の臭いが立ち込め、周囲は薄暗かった。どこかで小競り合いが続いているらしく、散発的に鉄砲の音がした。

 砦の周りは完全に包囲されていた。あちこちに築かれた仕寄の上に旗差物がなびき、その後ろで足軽の集団がうごめいている。竹束の狭い陰にひしめく足軽たちは、戦闘のわずかな合間を使い、携行した干し飯を口にしている。竹筒の水もすでに飲み干し、兵たちは疲労困憊(こんぱい)していた。

 疲れきっているのは砦の中も同じだった。
 根来の行人たちの顔は、硝煙で黒ずみ、目だけが輝いている。近郷から集められ、初めて戦を経験した若者たちは消耗し、食事もできない状態だった。
「今のうちに、飯を食っておけ」
 戦場経験の豊かな行人が、若者たちに声をかけた。
 夫役(ぶやく=人夫)として近在の村から召集された若者の顔は緊張で青ざめている。かねて自分達の村から出た根来行人の武勇にあこがれ、勇んで夫役に志願したものの、戦場の現実はあまりに恐ろしく悲惨だった。しかし、いまとなっては後悔しても詮のないことだった。
 もはや外に出ることはできない。根来の行人衆と運命をともにするしかない。

「弾はまだあるか。いまのうちに補給せよ」
 鉄砲頭が声をかけて回っている。
 合薬(=弾薬)は砦の中央の蔵の中に木箱に入れて積んである。火矢が飛び込むのを警戒して、蔵の扉は固く閉ざされている。

 硝煙の煙が風に飛ばされて薄まった時、夕方の山手の大熊街道を南に向かって進んでいく人馬の列が砦から見えた。
 列は長く伸び、山際の田んぼ道をゆっくりと進んで行く。鉄砲隊を先頭に槍隊と弓隊が続き、伝令役の旗差し物をつけた騎馬武者が前後を行ったり来たりしている。後尾は森に隠れて見えなかった。

 街道の南にある信達庄からは風吹峠を越えて根来寺に向かう山道と、海沿いを雑賀に向かう浜道が別れている。
 敵は本隊が貝塚の紀州勢を砦にくぎづけにしている間に、別動隊を根来の本拠地に向ける作戦をとっているようだった。

 根来勢は戦力の大半を貝塚に置いている。根来には老学侶や稚児のほか、わずかな行人しか残っていなかった。
 秀吉軍が兵力を割いて、根来に向けることは予想されていたが、根来にも雑賀にも対応する十分な余力はなかった。

               ◇              
 
 根来に向かう軍勢は何の抵抗も受けず、悠々と進んで行く。
 貝塚から根来までは一時(いっとき=二時間)もあれば着くことができる。根来本山が落とされれば、出城で持ちこたえる意味が無くなってしまう。
 千石堀城の守将、西蔵院は焦っていた。

 大敵に囲まれた中で、城から打って出るのは極めて危険な行為である。城を離れることは味方の軍議でも固く戒められている。勝手な振る舞いをすれば、味方全体を危機に陥れることは、西蔵院にもよくわかっていた。
 だが、今ここで手をこまねいていれば、目の前を行進している敵の軍勢は、今晩の内にも根来に攻め込むことだろう。
 根来本山にも究竟(くっきょう=屈強)の勇士が残っているとはいえ、これだけの大軍を支えられるとはとても思えなかった。

 敵の別動隊に気付いた味方の行人たちも騒ぎだした。
「あの軍勢を止めることはできないのか」
 西蔵院のそばにいた若い行人が叫んだ。
 砦から敵の別動隊までの距離は鉄砲の射程をはるかに越えている。敵はだれにも妨害されず、粛々と進んで行く。
 西蔵院は坊主頭を掻きむしった。
 
 通り過ぎようとしている敵の隊列は長く延び、守りの態勢を崩している。
 今、城外に出て、無防備な敵の隊列に横合から攻撃を仕掛ければ、相当な損害を与えることができるだろう。

 西蔵院は本丸にいる大谷左大仁のもとへ走った。左大仁も見張りからの報告を受けて、敵が水間街道を進んでいることを知っていた。
「城の外へ出してくれ。あの敵を放って置けば、根来が危ない」
 西蔵院は必死に頼んだ。だが、左大仁は砦同士の申し合わせを理由に強く反対した。

「単独で攻撃を仕掛ければ、敵に反撃され、逆に手薄になった砦に攻め込まれるかもしれぬ。砦単独での攻撃は絶対にしてはならんと、前以て申し合わせたことではないか」
 左大仁は顔を赤らめて、西蔵院をにらみつけた。
「そうはいっても、こうしている間にも敵はどんどん南へ向かっている。根来がやられれば、我らがここにいる意味がない」
 西蔵院も必死になって反論した。
「戦は時とともに情勢が変わるもの。事前の取り決め通り事が進むとは限らぬ。機に応じて戦い方も変えねばならぬ。そもそも、和泉表に出張ったのは、秀吉の軍勢をくい止めるためだった。もし、本山が落とされれば、支援のない和泉の砦もすぐに攻め落とされる。もはやこの場所にこだわる理由はない」
 西蔵院は食い下がった。

 南下する秀吉軍を和泉表でくいとめて持久戦に持ち込めば、秀吉は背後の家康や佐々成政の攻撃を恐れて、和議に応じるかもしれない。これが紀州勢の作戦だった。
 しかし、秀吉にこれほどの大軍が集まるとは、誰も考えていなかった。
 信長の雑賀攻めのときより、はるかに多い部隊が和泉表にひしめいていた。
 信長の雑賀攻めのときは傍観していた畿内の諸勢力も、いまは勝ち馬に乗ろうと、自ら秀吉軍に馳せ参じ着到を競っている。

 小牧長久手の戦に根来を誘った家康も、いまは鳴りを潜めている。根来からの救援要請にも家康からの反応は全くなかった。

 根来が期待していた北陸富山城の佐々成政は、街道を閉ざす豪雪と松根城(金沢市)に陣どる秀吉方の前田利家に阻まれ、動けないでいる。秀吉が根来を攻めるのに、この時期を選んだのは、佐々方が動けないことを見込んだからだろう。
 秀吉は根来・雑賀を攻める前に、紀泉の諸勢力にも手を回していた。「根来・雑賀は小牧長久手での余への敵対の咎(とが)により征伐するが、ほかの和泉、紀州の寺社に危害を加えるつもりはない」。そう明言した朱印を寺社に発行し、手なづけた。

 優勢なものに乗ろうとする者たちの節操のなさをいまさら非難しても埒(らち)があかない。ここは少しでも反撃して、我々の力を周囲に見せなければならぬ。
そういう西蔵院の主張にも、説得力はあった。
「包囲している敵の不意を衝いて、外に飛び出し、街道を行く敵を襲う。敵に一撃を与えたら、すぐに砦に戻る。危険はあるが、ここで何もしないで干殺しにされるよりは、ましだ」
 西蔵院は食い下がった。

「西蔵院の考えは尤もである」
 何人かが西蔵院の肩をもった。
 最初は左大仁についていた行人たちも、徐々に西蔵院に同調した。

 左大仁は黙って考えていたが、ついに西蔵院の申し出を認めた。
 城兵三千人のうち五百人だけを出し、敵に打撃を与えたら速やかに撤退する。条件つきの承認だったが、味方を大きな危険にさらす苦渋の決断だった。
「有り難い」
 西蔵院は歯をむき出して喜んだ。

 西蔵院は、すぐに配下の行人を集めた。
「おれたちは今から城外へ打って出る。目標は根来に向かって水間街道を西に向かう敵である。横合いから攻撃を仕掛けてこれを討ちとる」
 西蔵院は配下の行人に下知した。

             ◇

 砦の大手門が開けられた。西蔵院の率いる五百人の兵は一固まりになり、どっと鯨波(とき)の声をあげて外へ飛び出した。その中に十郎太もいた。
 大手を囲んでいた敵は意表を衝かれて、左右に開いた。逃げ遅れた敵の足軽が味方の槍に突かれて倒れた。その体を踏み越えて、西蔵院たちは走った。
 敵はすぐに態勢を立て直し、側面から銃撃を加えて来た。だが、城方の勢いに押された敵の射撃は乱れ、味方は殆ど損害もなく敵陣を突破した。

 西蔵院たちは全速力で水間街道に向かった。砦を出た五百人のうち、半分は途中にとどまって背後の敵を牽制し、残りのものが先を急いだ。
 水間街道を見下ろす丘の上に来ると、西蔵院は部隊を止めて下をうかがった。
 下を行進している敵の隊列は無防備で、こちらに少しも気がついていなかった。
「馬上の武者を狙え」
「撃て」 
 西蔵院の下知で銃が一斉に火を噴いた。
 銃撃と同時に、弓を持つ行人も上から矢を浴びせ掛けた。
 細い道で長く延びきっていた敵は、突然の攻撃を受けて、たちまち大混乱に陥った。

 馬に乗っていた武将は鉄砲の的となり、次々に撃ち落とされた。主を失った馬が狭い道を狂ったように走り、足軽をひづめにかける。田んぼに落ちた仲間の体を踏み付けて、逃げようとする足軽の背中に銃弾が打ち込まれた。丘に上ってくる敵兵は十郎太たちの槍の穂先にかかって倒れた。

 しかし、敵もすぐに態勢を立て直した。
 槍を持った秀吉軍の足軽が二人、丘の上に上がってきた。敵は木の陰に潜んでいる十郎太を見付けると、近付いて槍を向けた。
 走り寄った一人がいきなり槍の柄で十郎太の陣笠を強く打った。十郎太がぐらつくところに、敵はすばやく槍を突き出した。
 十郎太はよろめきながら、必死で敵の槍先から身をそらせた。十郎太は鉄砲を捨てて刀を抜いた。
 もう一人の敵も槍を突き出してくる。二人の敵が次々と繰り出してくる槍に、十郎太が太刀打ちできず後退した拍子に、木の根に足を取られ転倒した。
「しまった」
 十郎太は、敵の槍の穂先が自分の脇腹に刺さるのを覚悟した。

                 ◇

 そのとき、十郎太の背後から、味方の鉄砲隊が敵に向けて発砲した。敵の槍足軽たちは驚いて退き、危ういところで十郎太は助かった。
 十郎太は落とした槍を拾って再び戦に加わった。

 道のあちこちで、敵味方の槍合わせが行われている。行人と足軽が、組み合って互いに相手の首を取ろうと格闘している。

 ほんの半時ほどの戦闘で、行人側は敵に百人近い損害を与えた。奇襲による予想外の戦果だった。
 しかし、勝利を喜ぶ余裕はなかった。すぐに背後から敵が射撃を加えてきた。別の砦の周囲にいた敵が、水間街道での戦闘に気付いて、駆け付けてきたのだ。

「射撃やめ。固まれ」
 西蔵院は手に持った槍を大きく振って合図した。
 ばらばらになって戦っていた行人たちは再び一塊になった。
 「槍ぶすまを作れ」
 西蔵院の下知で、十郎太たち槍組五十人は、先頭に出て槍を前に構えた。
「鉄砲を撃つだけ撃って、そのあと槍を先頭に、全速力で敵中を突破して砦に戻る。他人の事は構うな。ただ、自分が早く城に入る事だけを考えよ」
《今度こそ最後かも知れない》
 槍を構え、前方に群がる敵を見ながら、十郎太は思う。
「撃て」
 西蔵院が怒鳴ると同時に、敵に向かって激しい銃撃が始まった。空気を切って銃弾が飛ぶ。敵も必死になって反撃してくる。味方が次々に倒れた。銃弾がもう少しで尽きるというときになって西蔵院が再び大声で下知した。
「進め」
 行人たちは槍組を先頭に一塊になって突進した。

 先頭に立つ十郎太は槍を水平に構え、無我夢中で突っ走った。弾丸が音を立てて飛んでくる。横に並んで走っていた行人が急に姿勢を崩したかと思うと、そのまま倒れた。
「後ろを見るな。まっすぐ進め」
 西蔵院の大声が聞こえる。

 行人たちの決死の突撃に前にいた敵の囲みが破れた。その破れ目に行人たちが殺到する。驚き、逃げ惑う敵兵の顔が見えた。
 一人の足軽が、槍を構えてこちらへ突っ込んで来た。十郎太の槍と敵の槍が交差した瞬間、十郎太は相手の槍を上に思いきりはねあげ、相手の胸倉を突き刺した。
 ごつごつとした骨の鈍い感触が手に残り、相手が崩れたのが分かった。槍を引き抜き、再び走り出した。
 十郎太たちが砦に近付いたとき、からめ手の門が開き、百人ほどの行人が飛び出してきた。

 行人たちは槍で砦の前をふさいだ敵兵を追い散らすと、逃げてくる十郎太たちを門に引き入れて再び門を閉めた。砦の上からは敵に向かって盛んに銃が撃たれる。門まで攻め込んでいた敵は退却を始めた。

《助かった》
 後ろで門が締まる音を聞いて十郎太は全身の力が抜けるのを感じた。

砦に戻ったのは、的一ら半数で、残りは討ち死にした。目の前で門を閉められ、敵に囲まれて殺された行人もいた。

                               ◇

 砦に戻る十郎太たちを迎え撃ったのは、千石堀攻めの主将、羽柴秀次の軍勢だった。
 秀次は砦への侵入に失敗すると、すぐに第二次の攻撃を下知した。
 再び激しい攻撃が加えられた。
 筒井、堀、長谷川らの兵が争って城壁をよじ登った。城の北側の堀に足軽たちが飛び込んで泳ぎ始めたが、砦からの射撃の的となり、途中で沈んだ。
 秀次の馬回りは、大手門に駆け寄り、門を押し破ろうとした。城方の守りは固く、盛んに鉄砲や矢を飛ばして来る。攻め衆の犠牲は増える一方だった。

「ひるむな。力攻めに攻めよ。わが馬回りの者どもを助けよ」
 秀次の叱咤に旗本衆は、必死に前進しようとする。しかし、鉄砲の勢いが激しく馬は前に進めなかった。敵の銃は馬を狙ってくる。傷付いた馬は陣中を暴れ回ったあげく、足軽たちを下敷きにして倒れた。
 足軽が大きな丸太を担いできて大手門にぶち当てた。初めははねかえされていたが、何度もぶつけるうちに、頑丈な門に細かい亀裂が入り始めた。 

やがて大きな音を立てて、大手門のかんぬきが折れ、ついに城門が外側から押し開けられた。
 秀次の軍勢が雄叫びをあげて門に殺到する。門を守っていた行人たちは踏みとどまって抵抗したが、多勢に無勢で次々に打ち取られた。
 勢いづいた攻め衆は二の丸に攻め込み、守っていた三百人の行人の首を取った。攻め衆は本丸を目指して怒涛のように攻め込んでくる。
 もはや落城は間近と思われた。

 その時、城内から歓声があがり、攻め衆の流れが乱れた。
 本丸から発射された銃弾が、攻め手の背後で指揮していた騎馬の敵将を馬から打ち落としたのだ。
 将を失った攻め衆は一転して、受け身に立った。後退する攻め衆の背中に鉄砲と矢が注がれる。城内は血の海となった。
 僅か半時のあいだに攻め衆千人が殺された。秀次の軍勢は再び退却を余儀なくされた。

 千石堀城で白兵戦が続いている頃、他の諸城でも再び、激しい攻防が始まった。

 泉南の百姓勢が立て篭もる畠中砦には岸和城主の中村一氏が向かった。ここでも鉄砲による抵抗が激しく、攻め衆に大勢の犠牲が出た。一氏のいとこも根来の行人の撃った鉄砲の弾に当たって即死した。

 雑賀勢が立て篭もる沢の城では長岡兵部、佐藤隠岐守らが攻めたが、城内からの銃撃は猛烈で、攻め衆は死体を楯にして戦うほどだった。
 高井城では福島正則の猛攻に行左京を将とする二百人の百姓達が必死で耐えていた。
 夜が近付いていたが、攻め手にとって戦況ははかばかしくなかった。二万人の守備兵に十万人の大軍が苦しめられていた。

《今日のうちに敵の城を攻略するのは難しいのではないか》
 そんな空気が軍中に流れ出していた。

 敵の城が頑強に持ちこたえ、味方の損害がどんどん増えていくのを見て秀吉はいらだっていた。
「にわか造りの砦に何を手間取っているか。秀次は何をしておる。積善寺、沢などの城はあとでもよい。早う、先に千石堀を落とせ」
 秀吉は使者を何度も千石堀に差し向け、落城をせかせた。

               ◇

 秀吉の督促を受けて秀次はじりじりしていた。
 先の長久手の戦いでは最初に秀次勢が徳川軍に破られ、大敗のきっかけとなった。秀次は家臣の木下助左衛門利直、木下勘解由利匡兄弟の奮戦で、命からがら逃げたが、木下兄弟ら三百人以上の家来が討ち死にした。秀次は戦のあと、秀吉から家来を見捨てて逃げたと、ひどく叱責された。
 今度、もし失敗したら、必ず処罰を受ける。今日中に城を落とさなければ、攻略はますます難しくなる。何としても今日中に落とさねばならぬ。
 秀次は筒井、堀、長谷川の諸将を叱咤した。

 筒井順慶の子、伊賀守定次は八千人を率い、当初は根来寺に向かった。しかし、味方が千石堀から攻撃されたため、急きょ引き返して千石堀攻めに加わった。敵の抵抗は激しく、筒井勢は攻めあぐんでいた。秀次からの伝令は、城を早く落とすようにせかした。
 定次は何度か矢文を城内に打ち込み、敵将大谷左大仁に降伏を勧告した。だが、左大仁がこれに応じる気配は無かった。

 折から強い北風が吹いてきたのを利用し、定次は城に火矢を打ち込むことを思い付いた。家来の中坊飛騨守秀行に命じ、山田、服部、名張らの伊賀侍を城のからめ手に回し、風上から一斉に火矢を放たせた。

 火矢は赤い尾を引いて暗い空を飛び、次々に城の木壁に突き刺さって燃え出した。消そうとするものを鉄砲組が狙い撃ちした。中から女の悲鳴が聞こえた。

「よいぞ。もっと火矢を打ち込んで、奴らをいぶりだせ」
 定次は床几(しょうぎ)に座ったまま、声を枯らして叫んだ。

 十郎太は鉄砲はざまで、土手をよじ登ってくる敵を狙って撃っていた。鉄砲組の多くが撃たれ、弓組、槍組の者が代わって慣れぬ鉄砲を撃ち続けていた。

 早合の弾薬を急いで銃に込め、よじ登ってくる敵の足軽に照準を合わせて発射する。たちまち、二人の足軽を撃ち倒した。
 先ほどから、敵は盛んに火矢を打ち込んで来る。薄闇の中を赤い火の玉が幾つも尾を引いて飛び、城の壁に突き刺さって辺りを明るく照らし出した。暗闇に沈んでいた城が明るく浮き上がった。
「早く消せ」
 行人頭の指図で、百姓の女達が布の付いた棒切れで、火を払う。だが、消しても消しても火矢は飛んでくる。高い所に刺さった矢はそのまま燃え続けている。よじ登って消そうとした一人の百姓が鉄砲弾に当たって転げ落ちてきた。頭を撃たれ、即死だった。
 城の下は、既に闇に沈んで、攻め手の姿はよく見えない。十郎太は敵の銃口から噴き出す炎を狙って鉄砲を撃った。敵の軍勢は更に人数を増やしたらしく、攻撃は益々激しくなってくる。手に持った銃の銃身が熱くなっている。

 突然、大声でわめく女の声が後ろで聞こえた。振り向くと、本丸の弾薬庫の壁に数本の火矢が突き刺さって燃え、そばで中年の女が、はいつくばって狂ったように泣き叫んでいるのが見えた。プスプスと壁に鉄砲の弾が当たる音が聞こえる。
 弾薬庫の扉は開かれたままになっている。
 強い風が火の粉を吹き飛ばしている。
「早く火を消せ。爆発するぞ」
 十郎太は泣き叫んでいる女に向かって怒鳴った。
 だが、脅えた女はうずくまったまま、立ち上がろうとしなかった。十郎太のそばにいた行人たちも気付いて叫び始めた。
 女は泣きわめくだけで動かない。女は足を撃たれているようだ。
 たまりかねた行人の一人が、火を消しに行こうとして立ち上がった途端、撃たれて後ろに吹き飛ばされた。

 弾薬庫に火がついたのに気がついた敵は、火を消されないよう、近付くものを狙い撃ちしている。また一本火矢が弾薬庫の屋根に刺さった。火はますます燃え広がっていく。
 ついに十郎太が自ら銃を置いて立ち上がろうとした時だった。
 一人の若い女が本丸から飛び出して来て弾薬庫の方へ駆け出した。女は銃弾が飛ぶ中を必死で走っていく。足元で弾がはねるのが見える。
 十郎太は目を見張った。それは本丸で、子供達の世話をしているはずのおちかだった。